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  • 1994年10月19日掲載 明日香から芋ヶ峠
     7時過ぎに自宅をでる。通勤に急ぐ車の流れから離れ 飛鳥への近道を走ることにする。 最近見つけたこの道は舗装されているが 車も少なく比較的走りやすい道だ。 史跡の脇の小高い峠を越えると飛鳥だ。 駅前には登校に急ぐ 高校生が歩いている。この駅は降りる学生と乗る学生がいるので 結構な数の学生に出会う。  飛鳥の駅前からサイクリング道に添って石舞台方面に向けて走る。 途中からはサイクリング道に入ったので車も来ない。 小学校のチャイムを聞きながら先へ進む。  石舞台、今年に入ってここへ来るのは何回目だろう。 今回は石舞台の手前から細い道に入り 峠を目指す。  静かな、古い町並みを通る道は緩やかな登りで、まだまだ軽く走って行ける。途中からは車もぐっと減り、田畑を見下ろす静かな道に変った。 どれくらい走ったろう、かなりの石段(それも結構急だ)の神社(だと思う)があった。今回は目的が違うこともあり パスすることにする。 次はここへ入ってみるのもいいだろう。  道はさらに山の中に入っていくが、早朝(7時半過ぎ)でもあり 木々の間を朝日が朝もやの中に幾本ものスジとなって落ちている。 大阪に住んでいたころはこんな風景を眺めるのは何回あったろう。  脇には小川が流れている。水は本当に奇麗で たぶん そのまま飲めることだろう。そのうちバーナーとカップを持参して 脇道に入り 一人コーヒーをいれるのもいいだろう。 鼻の奥をほろ苦い香りが抜けていくようだ。  家をでて1時間かからず こんな別世界に迷いこめる快感に酔いを覚ますかのように時折 車やバイクが走り抜けていく。 どう思っても 深山というわけにはいかないようだ。  道は傾きを増し、右へ左へと幾重にも曲がり なかなか 峠には届かない。ようやく木立がまばらになり空も明るくなり いよいよかと期待すが カーブを過ぎた先には再び 道が...  そんなことをくり返し 1時間20分も走ったろうか 道が突然見えなくなり峠にたどりついたことに気付いた。 自宅から 17Km、標高差400m。決して厳しいコースではないが 所要時間は確実に体力の衰えを告げている。  峠でしばし休息ののち 和歌山側へ下ることにする。標高はそれ程高くないので距離は知れているとはいえ、久々のワインディングの下りに心成し緊張が高まる。  陽のあたるところはまだしも 日陰はまだまだ 気温は低く風は汗ばんだ体から一気に体温を奪っていく。 途中高校生のバイクが抜いて行くが さすがについていくわけにはいかない。 バイクと自転車の制動力の差を考えると自殺行為とも言える。  寒さに身がこわばり ブレーキをかける指が苦痛になるころ ようやく勾配も緩くなり 田畑や民家が見え始め 峠が終わることを告げている。  日だまりに立ち しばし 暖をとりながら 今 下って来た道の快感を思い出す。 すばやくブレーキのオン オフ、ステアリングの切りかえし、自転車の貧弱な機構はちょっとした判断の誤りが 即 自分に返ってくる。 穴はないか、石は落ちていないか、対向車はいるのか...緊張が駆け抜ける...  昔ならここで 一筋の紫煙をあげていたろうが 止めてまもなく 7年。 今ではすっかり 平気になってしまった。 そう言えば 自転車に乗らなくなったのは紫煙を上げることを覚えたころだろうか...  体がほぐれるころ 帰りの道を思案する。 特にあてはないが 車と走ることはなるべく避けたい。 再び 山越えをして 国道へ出ることにする。  山の中へ入っていったところ 大規模なバイパス道路(恐らく大規模住宅地になるのだろう)の工事に出くわしてしまい 道がまったくわからなくなる。 やむなく工事中の道を進むことを余儀なくされてしまう。  本当は山越えをして 途中の芦原トンネルを過ぎてから国道に出たかったが結局手前に出てしまった。  このトンネルは 歩道があるので 安心して走れるのだが、自転車にとってトンネルの中は排気ガスで地獄と言える。  長さ約700m。 2分程辛抱し一気に抜けるしかない。立ち止まることは苦しさを長引かせるだけだ。 片手でハンカチを顔にあて 呼吸を出来るだけ減らして走り抜ける。 何年ぶりだろう? こんなことをするのは...  トンネルを無事 通り抜けるたあとは 比較的緩やかな下り坂を車と一緒に走りぬける。 車が進めなくとも自転車はその横をすり抜けていく。  しばらく国道を走った後県道に抜け ようやく今回の行程は終わりを迎える。 ...
  • 1994年9月12日掲載 竹ノ内峠から平石峠
     片道10Km程のところの竹内峠まで走ったのですが 途中でふんばりきれずにしょっちゅう休憩でした、たかだか 200数十mの峠なのに... 峠の上で 旧道に入り 20分程寝てたんですが(これが結構気持ちいい)その後が 問題でした。  来た道を戻るのは車も多く 芸が無いので ふと 横に目をやると 隣の峠への道があるんです。 適当に道幅もありコンクリ舗装もされています。 ダイヤモンド・トレールと呼ばれる 比較的道のはっきりしているコースでもありますし、平石峠も低い峠で 高校の時に越えたことがあったんです。 それに おおよその地理も頭に入っていて 1時間程でいけると判断して走りはじめたんです。  これが そもそもの間違い 5分も行かないうちに完全な登山道になり 乗車不能の状態に陥りました。 その後は 押して押して押しまくり、わずかな平坦な部分でも数分も乗れない状況が続きました。 30分以上でしょうか ようやく平石峠にたどり着き 一安心したのも束の間 下りの道は流水でえぐられ30cm位の溝になっているところなど今度は担いで降りる羽目になりました。  そんなこんなで 農道へたどり着いたときには ほっとしましたねぇ。車道に戻り 走りはじめると今度は 足はつるわで 散々でした。  でも 山道の楽しみを覚えると止められないですよ~ ...
  • 1994年10月22日掲載 高取城趾
      目が覚めると時計は6時半を指している。外はどんよりと暗い。 気乗りがしない天気だ。とりあえず起きてコーヒーをすする。   子供が学校へ行った頃 空が少しづつ明るさを増してきた。 いけるか...そんな思いがよぎる。   とにかく出てみることにする まぁ 途中で引き返してもいいだろう。 体をほぐし ペダルを踏む。軽い 今日は空の色とはうらはらにペダルが軽い。   曇っているせいだろうか 気温が低く風が冷たい。なかなか体が暖まらない。 長年のブランクのせいか最近は 最初の15分程は軽く流し体を暖めてやらないと後で苦労することがわかっているので 無理はしない。   国道に出ると 通勤だろうか車が多く走りにくい。暫くの辛抱だ。やがて国道を離れ 壷阪寺への道へ入る。   いよいよ上りがきつくなってくる。早朝のせいか車はほとんど通らない。時折 鳥のさえずりも聞こえてくる。 次第に体がほてり汗ばんでくる。 汗が落ちる、息が荒らくなる。吐く息は心なしか白く気温が低いことを知らせる。  苦しい、もっと行けるはずだ、次第に足が重くなる。ギヤを一段、また一段と落としていく。ペダリングと呼吸のリズムをとる。   カーブの度に上りがきつくなる。だめだ 一休みだ。だが降りてしまうと次がきつい。サドルにまたがったまま水筒の水を口に流す。30秒、1分 時間が過ぎる。これ以上立ち止まると苦しいだけだ。2分立たないうちに 再びペダルを踏む。   100m、200m 足取りは重い。ここまで来た以上引き返すわけにはいかない。前へ進むだけだ。   どうにか壷阪寺の駐車場にたどりつく。春に来たときはさんざんだったが 今回は多少の余裕を残すことができた。   壷阪寺は目の病気に効果があるそうだ。また目の不自由な人のために四季おりおり、いろいろな花を咲かせ匂いで楽しんでもらえるようになっている。   ここから高取城跡へは2.4Km。あと少しだ。  壷阪寺のわきを通り過ぎ先を目指す。途中のハイキング道には五百羅漢があるそうだが 今回は見送る。そのうち行ってみよう。   しばらく行くと壷阪寺を見下ろすと同時に大阪と奈良の県境に位置する金剛、葛城の山並みに続き 二上、生駒の山々が姿をあらわした。雲はすでに秋空の様相にかわり 疲れた体を忘れさせてくれる。  しばし眺めた後 再びペダルを踏む。   道は次第に狭くなり 左右に幾度と折り返しはじめる。聞こえるのは木々のざわめきと鳥の声、時折 動物が動くような音が木の上で聞こえてくる。   どれくらい進んだろうか。急に道が平になり楽になった。  おかしい下るのだろうか。そんなはずはない。道を間違えたか。一瞬不安が起きる。まぁいい。駄目ならひきかえすさ。  だが その先には高取城あとの案内板が立っていた。 高取城跡は今では石垣を残すだけとなっているが 山城の典型とのこと。案内板のところから上がるには ハイキング道を上がらなければならないため一先ず脇の道を上がる。最後の上りでもあり力が入る。  時折立ち止まり空を見上げる。木々の間を雲が流れていく。   やがて道は行き止まりとなり そこで降りることにした。  さきには七つ井戸と書かれているが夏の猛暑のせいだろうか今では湧水も枯れてしまっている。   しばらく山道を上がっていくと石垣が見えてきた。ここが高取城跡か。栄枯盛衰 時の流れを思ってみる...  過去から現在へ気持を戻す。そろそろ戻らなくては。今来た道を引き返し再びペダルを踏む。   下りは慎重に行かなくては。何しろ左は2m位の落差がある。道は細くカーブのアールはかなりきつい。右、左、気温が低いので汗ばんだ体に風が刺すようだ。   突然目の前に電気工事の作業者とはしごが目に入る。急ブレーキ!後輪がロックし滑りはじめる。細かくブレーキの操作をする。あと3m。 無事回避できた。こんな思いは久しぶりだ。   やがて道も広くなり安心したのもつかの間緩やかなカーブの先からタクシーがバックで入ってくる。 再び急ブレーキ! 今日はなんて日だ。こんな思いを2度もするなんて。   風の中を下り続ける。体はすでに冷えきっている。コーヒーが欲しい。そんなことを考えながら下っているうちに国道にたどりつき 喧噪の中へと引き戻されていく。 ...
  • 1994年11月6日掲載 当麻寺
      今朝は もう一つ気分のすぐれない 朝だ。 どんよりと雲が厚く風も冷たい朝だ。本当はもっと早く出たかったのだが ついつい渋ってしまった。  しかたなくいつもの朝の様にパソコンに火をいれ いつもの様に通信を行ってしまった。   しかし 気持は外を向いている。 出たい、時計は9時になろうとしている。悩んでいてもしかたがないので 紅葉にわずかな期待をかけ カメラを携えて当麻寺へ行くことにする。   当麻寺へは片道約10kと手ごろな事もあり ゆっくり写真でも撮って来よう。ところがそんな気持を邪魔するかの様にアクシデントだ。  後輪のチューブが破裂しているじゃないか。 どうやら タイヤとリムの間に噛んでいたようだ。長い間 自転車にも満足に触っていなかったので 気がつかなった様だ。 急遽 予備チューブに交換し出発する。  15分程で交換作業を終える。まぁまぁの作業時間だ。   家を出てみたものの 風が冷たい。ジャージを通して肌に刺さる様だ。この調子では体が暖まるにはかなり時間がかかるだろう。   いつものコースで山沿いの道にでる。この道も以前に比べると車が増え走りにくくなってしまった。 とは いうもののこのコースは葛城山沿いに走るので四季おりおり気持のいいコースでもある。   今年は例年より遅い紅葉だが山頂付近はかなり色づいているようで 上がってみたいとも思える。   寒さの中をしばらくアップダウンを繰り返していく。 そろそろ 当麻寺だ。山門に向かう道は土産物やも数軒あり風情を感じさせる。   何度も走ったことが道なのに 今回初めて珍しい物に気が付いた。なんと 龍吐水が家の軒先につるしてあるじゃないか。 テレビや写真では見たことがあるが 本物が当時のままにあるのは初めて見る。  えっ 龍吐水はなんだって? 簡単に説明すると 木製の消防用の手押しポンプのことで 確か江戸時代からの物だったように記憶する。詳しいことはそのうち調べておこう。   山門の前に自転車を止め、中へ入っていこう。当麻寺はボタンの名所ともして知られており 何度か時期に来たこともある。  残念ながら紅葉にはまだ早過ぎたようである。それでも秋色を感じさせる中写真をとる。寺社の写真は何年ぶりだろう。  東燈、西燈を眺め、二上山の眺め 古の時を感じながらシャッターを切る。   しばし時を過ごした後 傘堂へむかう。傘堂は左甚五郎の作ともいわれる一本足の珍しい堂とのことだ。   このあたりまで来るとようやく色づいたモミジも見えてきた。木の上には巣があるのか盛んに鳥の泣き声が聞こえてくる。  残念なことは近所のタンボでもみ殻を焼いているので景色がかすんでしまっていることだ。ちょっと写真が撮れないなぁ。   しばしくつろいだあとで 今度は石光寺へと向かう。ここは中将姫が織物を染めたいわれがあるとかで染の井、染寺とも呼ばれるらしい。 またこの付近は染野(しめの)と呼ばれるそうなのだが、辺りいったいは玄関先に大きなしめなわをかけている家が多いことに気づいた。これは昔魔よけの為にしめなわをかけたことに始まるとか 染め物に使う材料が取れたため 染め物を行う所の意味で染野といわれたのがなまったとかいろいろあるようです。  しかし ほんの数十メートル違うだけで風習が変わるのも面白い。   石光寺をあとに当麻寺から竹之内街道へと裏道を行くことにする。田畑の間を抜けしばらく行くと養魚池がありその脇の小高い山は古墳群だという説明文があった三〇基以上もの円墳と一基の前方後円墳があるそうだ。  堺から河内、明日香にかけては古代の歴史を数多く残しているので思わぬ所でこういった物に出会うことがありなかなか面白い。   竹之内街道、古くは大阪から伊勢へ詣でる為の街道として栄え日本の国道第1号ともいわれている。10数年前は細い街道だったのだが今では2車線の舗装路となり近在の広域農道とつながったため大阪へ抜ける車のため風情が無くなってしまったが竹之内峠には旧道の一部が残され往時を思い出させてくれる。   竹之内街道からの帰路は来た道を戻ることになる。所々で時期遅れの稲刈りが行われていたりする。 天気の合間を見図り数回シャッタを切るも思わしくない。今日は勘を取り戻す練習と割りきることにする。   しかし何だかんだといっても20枚程撮影したためフィルムが中途半端に終わってしまった。このまま残してしまうのも半端なので御所市内の古い物を探して見ることにしよう。   JR御所駅から市役所周辺までは昔の建物がまだまだ多く残り 大阪では見られなくなった様なものが見つかり 散策していても楽しい所だ。  屋根の上には侵入を防ぐものがあったりする。大和は日本酒にゆかりの所らしく御所周辺にも酒造を営む所が多くあるようだ。   御所市内にも一軒あり、有名な杉玉も下げられている。新酒の仕込みが始まる 頃にはまた一つ新しい杉玉がかけられるのだろう。   残りを取り終え、今日のコースも終わりとしよう。 ...
  • 1994年11月13日掲載 多武峰 談山神社
      目が覚める。窓の外はほんのり赤みを帯びて明るさを取り戻そうとしている。時計を見ると6時半、日の出直前だ。この辺は東側の山の上から出るので若干遅い。窓を明けると雲はほとんどなく紅葉を取るにはいい条件だ。先週は曇天だったので写真の仕上がりは冴えなかったが今日なら大丈夫だろう。   晴れた、そう思うと重い体の中に元気が出てくる。すぐさま 出発の用意だ。フィルムは夕べのうちに用意してあるのをカメラに装填する。朝食だ、空腹のまま出てしまうと あとでひどい目にあうのは十分承知している。   自転車を取り出し最低限のチェック。特にタイヤの空気圧には気を使う。不足分を入れるバルブの関係で最後は携帯用の手押しで入れなければならない。手のひらが熱くなる程おさなければ入らない。これぐらいでいいだろう。  バッグを取付け、ボトルをはめる。そうそう 距離計をつけなくては。  次は体をほぐさなければいけない。朝の冷たい空気の中で手足をほぐす。寒い、なかなか暖まらない。一通りほぐし 自転車にまたがる。時計は7時20分。  週を追うごとに空気は冷たさを増すようだ。秋がすぎ冬の訪れを感じる。   いつもの広域農道を走り明日香へ抜ける。所々 色づいた木々や柿の木を見ながら走る。稲刈りの終わった田圃にわらを束ね幾本も立てている。朝もやが日を受け何ともいえない景色になる。   明日香は今年に入って何度目だろう。最近ではお決まりコースとも言える。石舞台、今日は回りも色づき いっそうの趣を感じる。誰が何のために作ったのか。 不思議なものである。   石舞台の前を通り過ぎ集落の中へ入って行く。新道も工事されているが途中までであり 風情を感じるために旧道を行くことにする。  野良仕事にいくおばぁちゃん。朝早くからご苦労さまです。   道はだんだんと上りがきつくなっていく。振り返ると遠くに葛城山が見えている。   暫く行くと古い神社があり道はそこで山道にかわる。手前に立て札が立っておりそこには「この道は自転車では通り抜けられません。」と書いている。   う~ん これはどういうことか。おまけに「徒歩の方も道幅が狭く地道ですので気をつけて下さい。」なんて書いてある。   行くべきか引くべきか。思案するがなかなか思いきれない。地図を見る。地道と思われる距離地図上で約700m。 標高差はどうだ。現在地点は320m、抜け出る辺りが最高点で520m およそ200m程ある。   確かに入り口ですでに流水の為 ガレ場に近い状態である。かなり担ぎが多くなりそうだ。   時計はすでに9時近い。仮に1時間かかってもそのまま帰れば午前中には家に戻れるだろう。    決行だ。   道はすでに乗れる状態ではなく 押して行くしかない。道幅は広くて1m、しかし水の流れがえぐっているため中ほど1/3は溝になっている。自転車と体が溝を挟むような形で押し進む。   土が濡れているので靴が滑る。普段の走行にはデッキシューズを使っているので山道では滑ってしまう。失敗だ。山越えは分かっていたのに靴を替えるのを忘れている。いまさら戻るわけにもいかない。足もとに注意を払い進まざるをえない。   木立の中を進む林道はレンタサイクルを利用している人には無理なコースだと実感する。しかし これぐらいならば今まで何度も経験している。行けそうだ。  先のことは考えず進むしかない。だめなら引き返すさ...   進むにつれ道は険しくなり、若干岩場を登らなければならなくなる。いよいよ担ぎか。ポンプの取付け位置を代え担ぎやすくする。足もとが気になる。 一歩一歩確かめながら上がる。わずか2~3mの上りに緊張してしまう。   倒木の下をくぐり岩場を上り道は高度を上げる。手元の高度計の数字は目的地に近づいていることを示している。途中 ハイキング者の為の行き先案内の立て札があり 道を誤っていなかったことを確認する。   回りの景色は尾根に近づいていることを感じさせる。あとどれくらいだろう。  幾度となく立ち止まり ボトルの水を口に含む。汗を拭う。吐く息は曇り気温が低いことを知らせる。   幾度かの担ぎを経て道は尾根にたどりつく。わずかばかり乗車が可能だ。ペダルに足を載せる。落葉を踏み、小枝を踏み進む。1分も走ったろうか。 道は切り通しにようになり降車する。しかし その先は明るく開け 林道の終わりを告げている。 抜けた! 何とか無事に抜けた。時間は30分程だった。  思ったほどかかっていなかったことにほっとする。これなら 談山神社で時間が取れそうだ。   談山神社、ここには重文の十三重塔がある。木造としては世界唯一の物だそうだ。   多武峰とは談峰(だんのみね)、談山(かたらいやま)、談所が森(だんじょがもり)の集まりで�限膕讐�恵鵡腓涼�犬琉嫐�世修Δ澄�   境内はすでに多くの観光客が入っており 大部分は紅葉を撮影にカメラを抱えている。考えることは みんな同じである。高価なカメラの中 私は12年以上前の小型カメラでうろうろする。以前は私も1眼レフに交換レンズが当たり前になっていたが 今は原点を見つめる意味もあり この小型カメラ1台で撮っている。 (単に1眼レフが重くて持ち歩くのが大変との意見もある(^ー^;)   観光客の合間を縫って残りのフィルムすべてにここの風景を収める。   先週とはうってかわり空が青い。紅葉とのコントラストがまぶしい。写真の出来が気にかかる。自転車でなければフィルムは数本持ち歩くのだが今回も1本勝負だ。少し後悔してしまう。   団体客だろうか。一斉に入ってきた。入れ違う様にここをあとにする。   周辺は道も狭く勾配もきつい。おまけに参拝客が多いので走りにくい。ブレーキを握る指が痛くなる。山門を抜け車道に入る。ほっとしたのもつかの間今度は車の渋滞にでくわす。   道が狭い上に路線バス、臨時便、観光バス、乗用車とごった返している。   路線バスはトランシーバを持った誘導員が随所に待機しているのだが 観光バスがリズムを狂わしたようだ。どうにも動きが取れなくなったようでガイドが降りてきて乗用車にバックを依頼している。自転車といえども前に進めない状況になっている。   やむなく車が動きだすまで待つがその後も車の流れに沿うしかない。道幅も狭く前にもでれず車に合わせてブレーキングをする。もっと速く走ってくれ。  ようやく渋滞の列を離れる事ができた。あとは帰るだけだ。11時過ぎには戻れるだろう。   久しぶりの山越え、好天。今日は満足に足りるコースだった。 ...
  • 1994年11月27日掲載 談山神社
      7時 外はどんよりと暗い。今日も思わしくない天気だ。昨日に続き今日も走行を断念する。   何時もの様にパソコンの電源をいれ オートパイロットを実行し昨日のメッセージを読む。コーヒーをすすりながら画面を見ていると次第に窓の外が明るくなって来ていることに気づく。いけそうかな? わずかな期待が出てくる。   8時半、どうやら行けそうだ。急遽出発することにする。急いで身支度をすませカメラ、工具等をそろえる。先週乗っていないのでタイヤの空気圧は入念にチェックする。やはり抜けが大きいようだ。手早く空気を入れ、体のウォームアップに入る。  寒い、天気予報通りかなり気温は低いようだ。これだけ寒いと暖まるのにかなり時間がかかりそうだ。   9時5分前出発。予想通り風は刺さるような感じだ。  少しゆっくり目のピッチでペダルを回し まずは足の筋肉をほぐす。いつもなら15分もすれば楽になるのだが今日は何時までも重い。   そうこうしているうちに何時もの飛鳥駅前についてしまう。  今日は先先週行った談山神社を別ルートからアタックしトンネルを抜けて吉野側へ回る予定だ。   以前と同じように石舞台の脇を過ぎる。紅葉が一段と濃くなっているようだ。 時間が遅いせいだろう、観光客もかなり来ている。  ここを過ぎると 道は静けさを取り戻し 自分の息だけが聞こえてくる。   しばらく行くと旧道と新道の分岐点にたどりつく。前回は旧道を進み登山道を担ぎ上げたので、今回は新道側を進み 途中から山の中の集落へと向かう道から攻めることにする。 地図を見る限りは旧道よりは走れる道だと思われる。   このころから空が曇りはじめ気温が一段と下がって来たようだ。急な上り坂で体は汗ばんでいるのだが寒さで度々立ち止まってしまう。   この道は地図でみてもかなり急な事は読めていたのだが 案の定きつい道だった。   狭い切り通しを抜け右へ左へと登っていく。本当にこの上に人が住んでいるのだろうか? そんな不安を打ち消すかの様にタイミングよく現れたのは郵便局員の乗ったバイクだった。 なんとなく安心してしまう。   しかしもう少しせめて暖かい時期ならば体もほぐれているのでまだましだろうが寒さにこわばった体には辛いものがある。   せめてもの救いは時折 眼下に広がる明日香から葛城、二上へと広がる景色だ。   幾度となく立ち止まり 体を休めながら ようやく尾根へとたどりついた。これで多少は楽になるだろう。   尾根へ出てからは景色も変わり、以前訪れた事のある高取城跡のある高取山を初めとする山並みが目に入る。 この頃から日ざしが照りはじめ風をしのげば寒さも多少はましになる。   木立が山並みを遮るようになると風が木々を鳴らし始めた。まるで なにしにここへ来たと問いかけているようだった。   風の声を聞きながら先を急ぐと ようやく人の住む気配が感じられた。   畑があり牛舎がある。 赤い自転車が珍しいのか 犬が吠え、数頭の牛がこちらをじっと見つめていた。 まてよ 牛は色盲なので赤は区別がつかないと聞いたことがあるな。   アップダウンを繰り返し進むと 宮内庁の立て札の立っている 良助法親王の墓に辿り着いた。このそばには 多武峰0.8kmの立て札もあった。あと少しだ。   あと少しとほっとしたのも束の間、とんでもない勘違いをしていたことに気づくこととなった。ものの100mも走ったろうか。道は一転して山道の急な下りと変わった。あわてて地図を見直してみると確かにここから狭くなっていることを示している。しかし下りということもあり とにかく進むことにする。   日曜日ということもあり行き交うハイカーが驚いている。いや 呆れているのかもしれない。  ハイカーの間を縫うように下っていくが道はますます険しくなってくる。おまけに左側は下り斜面なので間違ってもそちらに逃げることはできない。   結局 しばらくいった所で乗車を断念し歩いて下ることにする。今週もこんなことをすることになるとは...   ようやく山道を抜け前回と同じ所へ辿り着く。談山神社の西口である。今日は観光客が多く参拝道を進むのも容易ではない。   途中茶店で草もちを買い エネルギーを補給する。暖かく柔らかい草もちが冷えた体に溶けていくようだった。   談山神社を過ぎ今度は吉野側へ抜けるため鹿路トンネルをめざす。約2kmほどの上りだ。ところが談山神社からしばらく下りだったため 体がすっかり冷えきってしまっていた。暖まっていた足の筋肉は疲労を訴えはじめた。   しかしここまで来た以上引き返すことも出来ない。前回と同じ道は車で混雑している事は容易に察しがつく。前進あるのみ。とにかく進むことにする。   途中 銀杏とモミジが混じり合い 奇麗に彩られたほこらを見つけた。   その彩りはなんともいえず秋を表していた。が いつまでも見とれているわけにもいかない。   ようやく辿り着いた鹿路トンネルは全長おおよそ400mの短いトンネルだが歩行者のスペースがあるわけでもなく、照明も蛍光灯が並んでいるだけでかなり暗いトンネルだ。   トンネルに入る前に休憩をしていると 突然轟音が鳴り響いた。   初め なんの音か分からなかったが トンネルの向こうから来た車の音がトンネル内で鳴り響いているのだった。   薄暗いトンネルを抜けるといよいよ下りとなるのだがここでも苦難を強いられることになった。この辺は 冬にはかなり凍結するらしく路面に細い溝が掘られているのだ。足周りの弱い自転車にとってこの溝は強力なバイブレータと化し手、足、腰と強烈な苦痛を与えてくれる。おまけに下りが急なためハンドル操作も間々ならない状況となる。   拷問のような道を抜け ようやくまともに走れるようになったのだが 寒い。とにかく寒い。体が凍えるような寒さを感じながら下っていく。道は狭く 時折 対向車が来るため 油断も出来ない。ブレーキをコントロールする指先は次第に感覚を失って来ている。   そんな状況にもかかわらず目は写真を撮るために回りをなめ回している。数か所で紅葉に色づく山並み等を撮影し先を急ぐ。   下り坂も次第に緩やかになり 吉野川に辿り着く。これでしばらくは比較的楽に走れるはずだ。 川原には釣をする人達に混じって バーベキューだろうか煙を上げている人たちも見られる。   夏と違い吉野川の水量は減っているが 水は夏にもまして澄み切っているようだ。日ざしの関係か一層 青さを増しているようだ。   吉野川を離れ 369号へと道を変える。ここまで来るともう少しで終わりだ。  最後の峠を越え、自宅へと急いだ。 ...
  • 1994年12月4日掲載 津風呂湖一周
      昨日は野暮用があり、走ることができなかったので 今週も再び日曜日に走ることになった。   朝は天気も思わしくなかったことと昨夜のOLTの後 眠りについたのが朝5時だったこともあり 8時過ぎに起きだし 9時半過ぎの出発となった。おかげで気温はかなり高くなっており 走るには都合がよかったが...   今日のコース取りは夏に子供達と泳いだことのある 吉野川の公園でコーヒを沸かし 陽だまりの中ですすり 適当に走り帰るつもりだった。   ところが行ってみるとその公園は立ち入り禁止になっているではないか。落ち着いて辺りを見回してみるといたるところで柵が壊されている。さらに回りには水が流れたような形跡があるではないか。   公園のシーソーは根こそぎひっくり返されており 滑り台などはコンクリートの基礎がむき出しになっている。多くの砂が積もり足場が不安定になっている。   どうやら この先のダムの放水か何かで水位が上がり あちこちに被害を与えたようだ。やむをえず当たり障りのない場所を決め込み 湯を沸かし予定通りコーヒータイムとした。 日は高いとはいえこの時期の川風はやはり寒い。先週で懲りているので今日は一枚防寒用に着込んでいるので多少は救われる。   コーヒーを飲み干し さらに先へ進むことにする。ここで時計を見ると11時半近くなっており 昼食を取ることを考えなければならないことに気が付いた。  今までは朝早く出ていたので帰ってから食べれば済んでいたのだが 今日は出るのが遅過ぎた。それにこのまま帰ったのでは余りに能がない。   結局途中で何か買い込んで 津風呂湖まで足を延ばすことにきめた。この判断があとでとんでもないことを引き起こすことになってしまうのだが...   川遊びには季節はずれの日曜と言うこともあり なかなか買出しを出来ないまま津風呂湖の近くまで来たところで一軒のパン屋を見つけバッグに無理やり押し込み一安心。次はいよいよ津風呂湖だ。   山あいの道を登っていきしばらくすると津風呂湖畔の温泉が見え、間もなくダムに到着する。津風呂湖は治水の為の人工湖である。   ダムの脇には一軒のひなびた店がある。この店は私が高校生の頃 毎夏休みの終わりに訪れたところだ。当時の雰囲気そのままに今も営業を続けているようだ。   せっかくなので暖かい缶コーヒーを買い 世間話をする。聞いたところでは今年はやはり異常なほど暖冬とのこと。例年であれば11月半ばには紅葉はすっかり落ちるのだが今年は今ごろ紅葉となり さらに色づく前に落ちる葉も出る始末。  それに去年は11月後半に積雪があったという。本当に暖かい冬で終わってしまうのだろうか...   ダムを渡ったところで先ほどのパンとコーヒーで軽い昼食をとる。 静かな湖面を見ながら食べるのもおつなものである。 一息ついたところでこれからのコースを検討する。   津風呂湖は昔にも何度か訪れたことはあるのだが 一周したことがないことに気づき、今回一周を行うことを決める。ただし そのまま走るのでは面白みに欠けるので途中の吊り橋を渡ることにする。   湖畔沿いの道は釣客の車が所々止めてはあるものの 比較的道幅もあり快適にながす。しばらくいくと最初の吊り橋が見えてきた。外周道路から離れ吊り橋の方へ向かうと数か所に看板が出ている。全長160mの吊り橋だそうだ。   ようやく吊り橋に辿り着いて なるほどと思う。ワイヤーで吊っている人道用の物だ。脇の注意書きには一度に10人以上渡らないで下さい。    自転車は押して渡ってください。   サイクリング車以外の二輪車は通行しないで下さい。 と 書いてある。なぜサイクリング車なのか ふと疑問に思ったが渡ってから謎が解けた。この橋とこれから渡るもう一つの橋を結ぶコースが近くの運動公園を起点としたサイクリングコースになっていたのだった。   橋を渡ったところには帆船を模したアスレチック施設があり 親子2人で遊んでいた。   早速 サイクリングコースへ足を向けたが このコースは他には珍しく自然のままの道であり 落葉を踏み締めながらはしることになる。はやりのMTBなどにはもってこいかもしれないなどと考えながら先を急ぐ。   2つ目の橋は鋼鉄製の枠で固定されており 揺れもほとんどない。そうそう最初の橋は結構揺れて楽しい橋だった。   橋を渡り 再び周回コースへ戻る。車は時折 通るのみで険しい上りもなく気分良く走れる道だ。気持良く走っているうちに国道へと辿り着く、といっても車はほとんど走っていないが....   これからは帰りのコースとなるが途中からトンネルを抜け和紙の里(紙漉きの里)窪垣内へ抜ける。この辺では紙漉きを見学出来るところもあるそうだ。  ここからは吉野川沿いの道を走るのだが下市あたりとは違い山あいの道である。木立の中を走る国道はドライブにも申し分のないコースである。   清水の流れる吉野川を見、鳥のさえづりが時折聞こえる道を走る。わずかな下りのようでペダルも比較的軽い。実はこの時点ですでに走行距離は50Kmを越え今年に入って最長距離となっている。まだ20K以上はあるのだが走りきれるのだろうか...   そんな景色にも別れ再び車の喧噪とともに走ることとなる。この辺は秋から3度目になるだろうか。先週も走ったコースである。   先週と同じく309号 車坂を抜ける。さすがにきついひざの上の筋肉が時々つりかけている。それでもどうにか車坂を越え吉野口を目指す。この辺りは昔の道が残っており車に気をつけなければならないので 建設中のバイパスを無理やり走ることに今までにも幾度か走っており何とか走れることは分かっている。   それに日曜日でもあり 工事はしていないだろう。   しかし わずか後にとんでもないことになるとは思いもしなかった。   未舗装の道はダンプの轍や砂利があり 走りにくい、まぁ承知の上だし先週の山道に比べればましである。スピードもそこそこでるしここを抜ければあとは軽い峠を越えるだけだ。   未舗装があとわずかで終わり位のところで こぶを幾つか乗り越えた。前方から来た軽自動車が速度を落としている。その時 前方3m程のところに 幅40cm、深さ20cm位の溝があることに気が付いた。   しまった!   フルブレーキをかけるが未舗装の道では速度を落としきれない。ハンドルを引くジャンプで乗り越えられるか!   どうにか前輪は越えたようだが自転車全体が跳ねてしまった。轍にハンドルを取られる。溝があるため車が通っておらず路面が荒れ放題になっている。   方向が定まらない。不規則に自転車は跳ね回り次第に左側へ流されていく。左側には30cm程の側溝と石積みの壁だ。この勢いで側溝に落ちれば...   無我夢中で自転車をほうり出し 両手を壁に押当て自転車ごと側溝へ落ちることはどうにか防いだものの 左の頬を壁にぶつけてしまった。   立上り、頬に触れてみる。出血はない。どうやらこすらずには済んだようだ。手のひらはグラブのおかげで打撲で済んだ。衣類は破れずに済んでいる。   自転車を起こしギヤ回りを確認していると変速レバーに血が、両手を見ると右手親指から出血していた。手をついた時に切ったようだ。   再び 自転車の確認を始める。パンクはない。前後輪とも振れは出ていない。やはり溝を越えることは出来ていたようだ。チェーンホイルの変形、変速機の破損も内容だ。ハンドルはどうだ。左側のブレーキレバーが多少内側を向いたようだが この程度であれば支障はない。ペダルはどうだ。泥はついているものの破損はないようだ。   ふと左側のクランクに目を向ける。ん、なんかおかしい。センタースタンドとに隙間が狭いようだ。しまった。クランクが変形している。どうやら飛び降りに近い形で止まったのだがその時に地面のぶつけたようだ。   とりあえずは乗車可能と分かったもののクランクの破損は痛かった。こいつばかりは自分で整形できるかどうか...   気を取り直して走りはじめたが やはり左足がしっくり来ない。まいったな~ 右手は親指を怪我したためハンドルを思うように握れないし、頬は痛いし。 クランクを代えるとなるとチェーンホイル、チェーン、フリーホイルと総代えになってしまうなぁ~ 大きな出費だぞ~ もしフレームにゆがみが出てたら...   最後の最後でとんだ失敗をしでかしてしまった。  まぁ 気持よく走れたから辛抱するか。 ...
  • 1995年4月12日掲載 芋ヶ峠
    コースは昨年秋に走っている 芋ケ峠なんですが 石舞台周辺の桜も見るのと峠までの道のクサイチゴ、キイチゴの様子を見に行ってきました。  桜はそろそろ散りだしているのですが 石舞台周辺はまだまだ見られる位咲いていましたね。時折 射す日ざしと相まって春の風情を楽しみました。  その後 峠を目指したのですが途中で林道へそれ 休憩するのに手ごろな場所を探しました。急な上り坂を流れにそって上がりふもとの車の音さえ聞こえなくなったあたりで自転車を降り、持ってきた簡易コンロでお湯を沸かし、水は当然流れから汲みました、コーヒーをいれ暫しの休息です。時折 ウグイスも鳴き、木々の香りを胸一杯吸い込み暫し くつろいでいました。  道路わきの岩肌にコケが生えていたのですがなかなか面白いものに出会いました。 高さ3cm位なんですが細い茎状の先に葉っぱの様な物があるのですがそこに雨水が丸く溜まっているのです。そういったものが何本もあり日ざしを浴びてキラキラ輝いているんです。残念なことに接写の環境が無いため写真は撮れなかったのですがかわいらしかったですよ。  峠を目指しさらに進むと川の上に張られた綱がありました。道路わきの看板に由来が書いてありましたが 1月11日に行われる行事だそうです。  さらに進むと 菜の花畑の向こうに桜が一本咲いている風景に出会いました。鮮やかな黄色の菜の花と淡い桜色の桜の対比に見とれてしまいました。  川の朽木に止まっていたアカゲラ、直ぐに飛び立ってしまいましたが こんな近くで見たのは始てです。  岩の中をえぐるように流れる水流、まるで滑り台の様になっていました。車に挽かれたのかイタチ(多分)の亡骸がありました。車社会の犠牲者です。  峠について一休みしていると ツーリスト、ほんとに何年振りでしょう、が二人上がってきました。聞けば高田まで電車で来てそこから走って来たそうで 吉野の桜を見に行くとのこと。しばし話を続けていると今度は学生風の四人組が上がってきました。こちらは橿原まで車できてそこから走って来たそうです。やはり 吉野の桜を見に行くとのこと。  本当は峠から戻る予定だったのですが こんな機会もなかなかないので、吉野川まで 一緒に行くことにしました。複数で走るのは高校生以来です。  下り道を流し 吉野の上がり口で別れ いつものコースで帰ってきました。休憩や写真を撮ったりしていたので 時間の割に距離は伸びませんでしたが 久々の一日でした。 ...
  • 1995年5月2日掲載 高取 五百羅漢
      自転車で山登りを久々やってきました。 いったところは 高取城跡で過去にもいっているのですが 今日は途中から山道にコースをとりました。  五百羅漢があるということで入ったのですが 50mも行かないうちに押し上げとなりました。戻るのもしゃくなので強行突破です。高取城跡へは1.8Km、1時間あれば行けると考えたのです。  しばらく進むうちに 普通に押し歩いて行くことが出来なくなり 多少 持ち上げなければならなくなりました。それでも どうにか五百羅漢までたどりつきました。  五百羅漢は大きな岩に地蔵をいっぱい彫りつけたもので 幾らか風化し苔むしていました。  問題はここからでした 道は二手に別れており 一方は多少遠回りになりそうです。上から降りてきたハイカーの方からどちらでも行けるが 一方はかなり急と聞いたのですが あえて 急な方(おそらく近い)を選びました。  ここからは道がぐんと険しくなり 持ち上げるだけでは通れず とうとう担がなければ 行けないところも出てきました。 道幅も狭いところでは 30cmくらいのところや倒木の下をくぐったりと 久々のハードコースとなりました。  途中 杉木立の中で霧が流れ幻想的な景色を見せていました。 鳥の鳴き声を聞いていると目の前を何かが走りました。よくみるとリスのようです。なんとか写真に収めようと準備舌のですが残念ながら見失ってしまいました。  時々サドルにまたがり ペダルをこぐことも出来たのですが それも20m位でしょうか。ひたすら 押しでした。  それでも どうにか林道を離れ しばし車道を走り 高取城跡の真下にやってきました。 別ルートを取れば上まで行けたのですが 山吹の花が見たさに あえて担ぎを選んだしだいです。山の中にひっそりと咲く山吹の黄色はそれまでの苦労を忘れさせてくれます。  しばし目を楽しませたら いよいよ 高取城跡です。 ここは今では石垣しか残っていないのですが 山の中の隠れた城といった感じで大阪城などとは変わった趣です。  ここで定番のコーヒータイム。これが楽しみで来てるんですよ。今日はお手製のサンドイッチもあり おなかの足しとしました。  30分ほど 霧に浮かぶ景色を楽しんだあと 下り始めることにしました。 ここで 同じコースを下っても面白くないと 別ルートを取ったのですがこれが また大変。登ってきたコース以上に!しんどい! それでなくても下りは自転車を抑えながら降りなければいけないのですが岩がゴロゴロしているので 足への衝撃は一際でした。  結局 麓の舗装路に出るまで全く乗ることは出来ないし おまけに枯れ葉がブレーキに詰まるわで往生しました。  舗装路に出たところで脇を流れる小川の水でブレーキ回りを洗い流しようやく自転車本来の姿となりました。  やっぱり走らないとしんどいですね(^_^;) ...
  • 1996年4月22日掲載 談山神社
    昨日の雨もどうにか上がり 時折薄日が差し込む朝となった。今年の春はは寒さが続き 桜の花も例年になく 長持ちしている。とはいえ もう20日、そろそろ チャンスかもしれない。と いうことで 春の飛鳥路から 山を越え、桜の談山神社を訪れてみる事にした。 8時半、上空にはまだまだ厚い雲があるが、葛城の向こうには青空がのぞき次第に天気が回復する兆しを見せはじめる。 雨が降ったら降ったとき、そう決め込んで ペダルをこぎはじめる。 風はまだまだ冷たく 初春を思わせるようだ。指切りのグラブでは いっそう寒さを感じてしまう。いつものように田園風景の中 小高い丘を越え 飛鳥駅前へと向かう。 駅前ののペンションの前の桜も葉桜の様相を見せはじめている。少し 遅かったかな? ふっと 不安がよぎる。 駅前から橘寺へと向かう。 橘寺の脇を抜けると風に桜の花びらが舞い さながら雪が降っているようだ。時間が早いせいか、寒さのせいか人が思ったより少ない様に感じていたが よく見ると カメラを構えた人達や、修学旅行なのか制服でレンタサイクルに乗っている 学生、女子大生かOLと思われる 若い女性達、年配のご夫婦など 結構 ...
  • 1997年6月1日掲載 長谷寺、室生寺
    5月最後の土曜日にちょっと天気が危ぶまれたのですが 走ることにしました。午後からは結構日差しもあり 焼けちゃいました。 今回のコース 自宅-明日香路-桜井-(R165)-長谷寺-(R165)-榛原-(R165)-室生口-(R165)-滝谷-(R165)-室生口-室生寺-(R369)-榛原-(R165)-桜井-明日香路-自宅 8時25分(あぐりが放送中)自宅を出て いつものように 明日香路を走り 桜井へ抜けました。 ここからは R165で車と一緒に走ります。 国道といっても 桜井の市街を抜け東は まだまだ 車も少なく、まぁ何とか走れるコースです。アップダウンもそれほどなく 朝(9:00頃)の涼しい風が気持ちよかったです。 東へ向かうにつれ車も少なくなり そうこうしているうちに長谷寺の参道入り口につきました。(9:20頃) 参道のお店は既にあいているところも多く 「おこわまんじゅう」なるものを見つけ早速 食べることにしました。これは まんじゅうの中におこわが入っていて(そのまんまの名前)あつあつが一個150円でした。麦茶を一杯貰い食べながら話をしました。 山門の前で写真を撮りふと後ろを見ると楽しそうなアベックの後ろ姿。なかなか風情がありますね。 R165へ戻るには参道を少し戻らなければなりませんでした。参道をゆっくり眺めながらているとなんと 杵と臼! え~ ほんまかいなと言うことで パチリ。長谷寺にはここにしかない「こもりくの里」という地酒があります。行かれる方は 一度お試しください。 なにしろ 到着が早すぎたので(実は長谷寺で帰るつもりでした) 室生寺まで足を伸ばそうと思うことを話すと ...
  • 1997年11月17日掲載 談山神社
    15日朝、雨は降っていません。 ラク坊からの連絡はないので 予定通り家を出たと判断したのですが、阿倍野橋からの連絡がはいりません。 これは もう近鉄に乗ったのだろうと思っていたところ 電話のベル! 電車が混んでいてようやく阿倍野橋に着いたとのことで 一安心。 橿原神宮駅到着を見計らって こちらも出発。どんより曇ってはいるものの「なんとかなるさ」で先を急ぎます。橿原神宮駅に着いたところ まだ 来ていない様子でした。 電車の到着を待ちながら 周りを見回し 間違いに気づきました。 ラク坊に伝えた東口はここではなく もう一つ東側であったことに気づいたのです。(橿原神宮駅には3個所の改札口があるのです) あわてて 移動したところ いました、いました。自転車を組み立てている ラク坊が。 おはようの挨拶もそこそこに 組み立てを終了。荷物をロッカーにしまうことと着替えもあり 結局 中央の改札へ戻ることに(^_^;)。 準備も済み いよいよ 出発、当初の予定より 2時間ほど遅れていることもあり明日香観光コースは半分に省略。 ...
  • 1997/11/15 談山神社界隈
    談山神社は桜井より山の中へ入っていくのですが 道が狭いところが多く 桜や紅葉の頃は観光バスが通るため 路線バスの会社の人が トランシーバを持って誘導するなど非常に走りにくいコースです。そんなわけで 私はいつも 明日香村の石舞台から山越えをしていくのでした。 今年は SIG「気ままに自転車!」のラク坊といっしょに走ることが出来ましたので その紹介を兼ねていきたいと思います。 石舞台の脇を通りぬけ緩い上り道を進んでいくと 左に旧道、右に新道と分かれます。左の旧道を進むと回りは古い家が並び昔乍らの景色が続きます。道は次第に傾斜を増します。図中左の黄線の終わりのところには小さな神社があり静かな場所だったのですが 明日香から談山神社へ続く道の造成で高架ができすっかり様相が変わりました。ここから赤線の部分は山越え(ほんとに山越えですよ)道幅1m足らずの山道を自転車を押したり担いだりしながら進みます。 時折 大きな岩を迂回して登るなど山岳サイクリングを思わす場所もあります。そんな道も終わりに差し掛かる頃 またしても造成中の道路に出くわしてしまいました。談山神社側の工事も進みこのハイキングコースを分断してしまったのです。このコースももう走れなくなりそうですね(あっ 押してくのか)       「なんでこんなことしてるんだろう」なんて考えていたかどうかは分かりません。初めて担ぎに挑戦したラク坊の姿です。画面右上の霞のようなものは 実は私の体から登る湯気でした(^_^;) [1] そんな山道が終わると 談山神社の山門に到着です。紅葉が敷き詰められたところで 1枚です。疲れたオジサンは思わず座り込んでしまいました。(^_^;) [2]   談山神社といえば十三重塔が有名です。秋は紅葉ですが春の桜も奇麗ですよ。11月の第二日曜日には蹴鞠が行われるそうです。   東側の山門の側には大きないちょうの木があり、見事に色付いていました。 [3] 談山神社から 桜井に向かう道はずっとくだりです。道が少し狭く対向車があると止まったりするので車の動きには注意が必要です。 ...
  • 1998/1/25 雪の高取城跡
    高取城は高取山の山頂に位置した山城でその規模から日本一ともいわれています。現在は石垣を残すのみですが、周囲30kmという広大なもので 今回のコースでも思わぬ場所でその痕跡を見掛け驚きました。 今回 風のたよりにお出で頂いた 乾さんとご一緒できる機会がありましたのでコース紹介を兼ねてレポートを掲載します。 1998年1月25日、昨日の雪と変わって抜けるような青空が目に入った。今日はインターネット経由で知り合った 乾さんと初顔合わせだ。8時半 自宅出発の電話が入る。合流予定場所まではおよそ1時間半ということで10時集合に合わせてこの時間となった。私は30分ほどでいけるため 9時半に家を出るといいことになる。 ガソリンコンロ、固形燃料、マッチ、ポリタンクに水を汲みザックに入れる。今日は久々城跡でお茶タイムをする予定だ。一人なら折り畳みコンロですむが 2人ではガソリンコンロが必要なので久しぶりにザックを背負って走ることにする。9時半、予定通り出発。 日差しに比べると風が冷たい。気温はかなり低いようだ。山肌には昨日の雪が所々 残っている。 一日で融けてしまった雪ももったいない気もしなくはない。雪の上を走るのもなかなか面白いものがあることは学生時代に経験しているから... いつもの丘を越え明日香に入る。寒さのせいかハイカーもあまり見掛けない。レンタサイクルも寒そうにしている。集合場所の飛鳥歴史公園館が見えてくると鮮やかな赤と黄色のフレームが目に入る。きっと彼が乾さんだろう。 『1』 スピード落しながら彼に近づく、「おはようございます、輪童です。始めまして」「おはようございます。今日はよろしくお願いします」そんな 挨拶を交わし、乾さんに今日のコースの予定をはなす。「今日は壷阪寺から高取城跡へ行き、お茶会をして下ろうと思います。下りのルートは途中の様子をみて考えます。 」「じゃ 行きましょうか」彼の自転車はMTBで 走るスタイルはレースパンツ、一方 私は 700cのスポルティフにジャージの上にウィンドブレーカ、う~ん なんか服装がちぐはぐなような.... まっ いいか、気ままに行きましょう。 公園館を後にして 国道169号へもどり、南へ壷阪寺を目指します。さすがに国道、日曜といえども車は比較的多いので気を抜けません。道端には時折昨日の雪がうずたかく残っています。なだらかな上り坂を登っていくうちに体が熱くなってきます。出発した時は寒かったので ジャージの上にオーバーパンツを履いてきたのが裏目にでました。169号を離れ 壷阪寺への道へ入ったところで オーバーパンツを脱いで ...
  • 1998/03/21 伊賀上野食べ走り 道中記
    1998年3月21日、GBICのメンバーと Internet からのメンバーが一緒に走ることが出来ました。  3/20 明日はいよいよ伊賀上野行きです。 朝の輪行は大変なため 前日からラク坊がきました。柏原神宮まで出迎え我が家へ着いたのは 11時半になろうという頃でした。結局 この日寝たのは1:00を回る頃でした。 3/21 朝 6時起床。 天気は明るい曇り。自分の身支度をするが ラク坊が起きてこない。 6時半ラク坊が起きてきません。 7時出発とするには もうそろそろ 起きてこないと。 「6時半だぞぉ」 と声をかける。 彼も身支度を始め、出発前の点検。 ちょっと 彼の自転車の空気圧が低いので入れておく。 700cはやっぱり ある程度入れておかないとね。 7時5分、早朝の冷たい空気の中を 大和高田駅に向かって走ります。駅で自転車をばらして 8時9分発の急行に乗車予定。寝起きの体で ...
  • 1998/10/10 椿井峠
    平成10年10月10日、風のたよりへ遊びに来てくれている方々と椿井峠へ走ることになりました。今回のメンバーは 乾さん大鳥さん中尾さんUGさん小宮さんcancanさん輪童 の7人となりました。実は乾さんとは5月にも約束していたのですが雨で中止、9月は台風で私の不参加となり3月以来のご一緒となったのです。  集合の顛末 当日朝9時近鉄室生口大野駅に集合だったのですがいきなりの大波乱。実は当初車組みは青蓮寺ダムにデポということだったので前日に私が「名張集合でもいいですよ」なんて書きこんだのが波瀾の始まりでした。 9時前に駅に到着。自転車を組み上げみんなの到着を待っていました。9時になっても誰も来ずちょっと不安。 青蓮寺からくるということは165号を走っていけば途中で合流できるぞと考え9時10分頃駅前を出発。 ところが行けども行けども出会いません。もしかするとみんなは名張の駅で待っているのではないだろうかと不安になり急いで向かいました。 名張駅到着。ところが誰もいません。「げっ!」やっぱり大野だ。と言うことで急いで戻ります。来るときは多少ゆっくり目でしたが帰りは体力を残しつつ急ぎます。 10時10分頃大野駅に到着。いました、いました。みんなは私の到着が遅いので自宅に電話を入れたりしてくれていたそうでした。 しかし平成10年10月10日10時10分頃合流というのも何かの因縁でしょうか....余談:   帰ってからボードを見ると私が寝た後にデポは室生ダムにすると書いてあったのでした...  出発 初顔合わせの方々と挨拶をすませ、出発です。コースは右の地図の黄色のラインですが室生寺を過ぎてから掛までに間は不確かです正確なルートを知りたい方はcancanさんにメイルでお問い合わせくださいね。今回のコースは途中食料を補充できる所が少ないということで駅前のお店で買い込んでいくことになりました。小さなお店だったのでおにぎり、弁当はあっというまに売りきれとなってしまいました。おはは、おばちゃんもビックリでしょうね。 室生寺へ向かう 駅前から165号の下をくぐり室生寺へと向かいます。 先頭はうわさの強脚 cancanさん、軽めのギヤをくるくる回しどんどん先へ進みます。 あまり走ってないといってた小宮さんはおニューのMTBを駆ってcancanさんの後を追走していきます。 (余談ですが小宮さんと私は同じシャツに色違いのパンツでいきなりみんなに「出来ている」と肴にされてしまいました)  室生寺は先日の台風7号で五重の塔が被害を受け大変なようです。 室生寺を後にしばらく登っていくと途中から左手の道へ入るということ。それがまた結構きつい坂でした。 次々と息を切らせながら登ってきます。えと 私より先についた人、写真がありません(^_^;) 日差しは無いものの額からは汗が落ちます。でも休憩で立ち止まると寒いくらいの天気でした。  今井へ向かうやっぱり秋ですねぇ。道の両側にはススキが穂をなびかせています。これで空が青かったら綺麗だったんでしょうけどねぇ。 このあたりは坂も多少ゆるくなりみんな団子で回りの景色を楽しんで走ることが出来ました。 走りながらのおしゃべりも楽しいものです。  峠の上の休憩ですが中尾さんの愛車の泥除けの具合が悪いということでさっそくメンテナンス。う~ん、ツーリストですねぇ。 みんなが遠巻きに様子をうかがっています。 最初の峠を越えてしばらく行ったところに展望の開けた場所を発見。お昼にすることに決まりました。 回りは秋の景色へ模様替えの真っ只中。ススキも穂を広げています。これで真っ青な空が開けていれば... いえいえ贅沢は止めましょう。走れたんですからね。こで自転車談義、パソコン談義、インターネット談義と話はつきません。インターネット談義にいたっては平均年齢40位のオジさん7人ですから行きつくところはお決まりの話題となるんでした... お決まりの記念撮影です → 後列左より小宮さん、乾さん、大鳥さん、私前列左より中尾さん、UGさん、cancanさん 食後のダレた体に鞭打って再び進みます。少しばかり登り下りを繰り返した後、一気に下り道へと入りました。7人が一列になって右へ左へと大蛇のごとくうねりながら進みます。途中道の真中にくぼみがあり冷やっとする所もありましたが無事に掛までダウンヒル完了。聞いたところではメータはMAX65Kmとのことでした。 椿井峠へこのあと今日のメイン椿井峠へのアプローチへと続きます。くだりで冷えた体にいきなりの上り坂はこたえます。 この道は旧今井林道、現在は赤目・掛線とのこと。これから登る椿井峠も20年前には未舗装の峠だったということです。 今井から登り始めると右手には兜岩が姿をあらわしました。このあたりは室生火山郡の影響でしょうかこれ以外にも鎧岩など奇岩が多く見られます。道端にも柱状節理を思わすようなところが見うけられます。 我々は兜岩を後に登りつづけるのでした。    しばらく行くと前方でcancanさんが自転車に前でごそごそしています。 なんでもペダルが外れたそうです。この方の脚力はチタンのフレームはいわすは、ペダルをいわすはいやはや恐れ入ります。cancanさんは相変わらず好調に走り見る見るうちに視界から消えていきました。小宮さん、UGさん、乾さんも消えていきました。根性(意地?)で押すことだけはせんぞぉ~と心の中で考えているのですが押すまでは時間の問題でした。 踏ん張って登っていると目の前にザーザー音を立てて綺麗な水が落ちています。自転車を止めさっそくその水で顔と手を洗います。冷たい水がほてった顔や手に気持ちがいいのでした。そばでは親子が車を止めてくつろいでいました。 そうこうしているうちに大鳥さん、中尾さんも到着。3人でしばし休憩。 塩ビのパイプが地中に埋め込まれていた上に、ここは兜岩への登山口であるらしく手作りの表示が立ててありました。きっと登山者の水場だったのでしょう。 ...
  • 1998/11/03 吉野 峠5連荘
    平成10年11月3日、風のたよりへ遊びに来てくれている方々と吉野へ峠5連荘+洞川へと走ることになりました。 今回のメンバーは cancanさん 今回のコースリーダー 辰巳さん さすがは国体経験者! 乾さん ランドナー派 その1 辰巳Jr君 張り切りボーイ UGさん ランドナー派 その2 こたやん この人にとって坂道とは ナワ~ルドさん 岐阜からの参加 感謝 海王さん 3x9になると怖い人 skuramさん 神戸からの参加 感謝 輪童 足を引っ張った人(^_^;) となんと10人となりました。 集合朝6時目覚ましの音で起床。今日の天気は?うん、まぁまぁのようです。装備の準備を確認し出発に備えます。 7時半出発。下市口駅までなら1時間はかからないはず。いつもの走りなれた道を進みます。途中にコスモス畑を発見。今年は先日の台風の影響で期待していなかっただけに思わずストップ!写真を撮り終えて回りを見るとやはりカメラを構えた人がいます。きっとこの人も地元の人でしょう。あんまりゆっくりも出来ないので先を急ぎます。先月のようなミスをするわけにはいかないですからね。 下市口駅に到着。バスと登山客でにぎわう駅の中をうろうろすると自転車組み立てる一人の男性。きっと彼が海王さんだろうと思い声をかけたところあたりでした。海王さんと話をしながらみんなの到着を待っていると年配の男性がやってきました。今日のメンバーと思い声をかけたところ辰巳さんでした。同行の方はと尋ねると息子さんとのことでした。う~ん若い。しばらくすると車組みも到着、総勢10人のパーティが完成です。今回は時間に遅れもなく集合できました。 出発挨拶もそこそこに出発です。今日のコースは結構ハードなのであまりゆっくりも出来ません。今日のコースは下市口駅を出発、樺の木峠(A)、丹生川沿いに黒滝へ出て笠木峠(B)、天川村から虻峠(C)、洞川(D)、小南峠(E)、地蔵峠(F)を経て吉野へと向かうコースです。駅前を出発するやいなやバスと車のグループに巻き込まれてしまいました。秋の行楽シーズンでもあり今日は車は避けられないでしょうね。国道を離れ樺の木峠へと向かいます。 樺の木峠へ国道を離れた途端に車の少ない道へ変わります。なだらかな上り坂を上がっていきます。 峠の少し手前でJr君の変速機の調子が悪いようでメンテナンス休憩となりました。お父さんの腕の見せ所です。同時に岐阜から参加のナワ~ルドさんもバーエンドの調整をして今日の登りに備えているようです。  メンテナンスも無事終了先へ進みます。樺の木峠へ到着(残念、写真がない)。一息つけたところで下りへとかかります。この峠を下ると丹生川沿いのコースです。下り始めるとまたしてもアクシデント。再びメンテナンス休憩となりました。走っているとお互い話も十分出来ませんのでこうして休憩が入るのもいいものです。時間の許す限りのんびり行きましょう。 下りきると今度は丹生川沿いにのんびり走ります。台風の爪あとも所々見られましたが天気も良く快適です。 途中で見かけた学校。よく見ると校庭は雑草が茂りすでに廃校のようです。ちょっとさびしいですね。 黒滝から笠木峠へ黒滝の道の駅で早めの昼食。予想通りというか駐車場は車でいっぱい。水間鉄道や有田鉄道の観光バスをみて鉄道ファンの数人が喜んでいました。昼食後笠木峠への登りへとかかります。ここらあたりから私の非力さが出始めみるみる離されていくのでした。笠木峠は2本のトンネルが通り今では比較的楽に越えられるようになったそうですが2Kmを越えるトンネルはやっぱりいやですね。 虻峠笠木トンネルから下りきると続いて虻峠への登りです。道は次第に勾配をあげきつくなっていきます。もはやじたばたしても始まらないので私はのんびりマイペースで行きます。う~んこうなるとソロと同じですね(^_^;)どうにかトンネルに到着。メンバーはすっかりくつろいでいます。交通量が多いのでしょうか、トンネルの所でお巡りさんが無線を使って車の通行を調整しています。 洞川いよいよ本日の目的のひとつ、温泉です。が、しかし駐車場にあふれる車と人。背中には背番号をつけた人があふれています。どうやら新聞社主催の団体客のようです。ちょうどもみじ祭りの最終日ということでイベント参加の人たちが多いのでした。当然温泉は入れるような状況ではなく あえなく断念となりました。(せっかく着替えまで用意したのに) 小南峠洞川をあとに今回のコースでもっとも標高の高い小南峠へと向かいます。洞川からの標高差は少ないとはいえ坂道が辛いです。ここらまでくると幸か不幸かソロツーリングではなくなってきました。やっぱりみんな辛いんだ。小南峠はトンネルと言うより隧道というほうが似合うような掘り抜きの細い暗いトンネルです。抜けたところで先行組がいました。skuramさんはなんとガスコンロを用意してきておりコーヒータイムと決め込んでいました。 後列左より 辰巳さん、UGさん、skuramさん、こたやん前列左より 乾さん、cancanさん、辰巳Jr君、ナワ~ルドさん、海王さん、私 休憩中これから降りる道を登ってきた男女4人のツーリストがありましたが、いいですね女性がいるのも。記念撮影の後下りの始まりです。ここからは標高差500m程を一気に下ります。紅葉の中をスタート、秋満喫といったところです。調子よく下っていたのもつかの間、突然前方から土砂満載のダンプに遭遇。道は車いっぱいのため我々は壁にへばりついてやり過ごします。何ゆえダンプがと思いながら下ると前方で崩落個所の修復作業を行っているところにたどり着きました。 そういえば峠に登る途中に通行止めとは書いてありました。通りぬけてみると数十mにわたり土砂がいっぱいでした。でも洞川で誰もそんなこと言ってくれなかったよなぁ。今更きた道を戻るわけにもいかずお願いして通してもらうことになりましたがさっきの4人組みも通ったはずだしなぁ。みんなで女性がいるから簡単に通してもらえたのだろうと結論(工事のおじさん、ごめんなさい)   地蔵峠今日最後の地蔵峠はトンネルを利用した場合は比較的に楽に越えられました。ここを抜けると後は帰りのルートです。トンネルを抜けると再び下りを楽しみます。 吉野へ峠もこれで終わりと思っていたらなんとまだまだ激坂はあったのでした。下ってきた道から右側の細い道をcancanさんは上っていったのでした。 登りも一段落ついたところで休憩。日も西に傾き始めました。後少しで吉野へ着くとのことでした。途中小さな小学校の脇を通り(今日は小学校に縁があるようです)登り下りを少しいくと吉野の道に出ました。ここからは行楽客と車の中を下っていきました。 解散今日のコースも無事終了。日暮れまでには降りて来れました。ここで輪行組の海王さんとお別れです。さらに津風呂湖へ向かう車組と自走組の私と辰巳親子が別れました。遠くから来てくださったナワ~ルドさん、skuramさんありがとうございました。ナワ~ルドさんと来春は岐阜方面でご一緒できることを願ってお別れでした。 家路へ自走組は駅から再び車の多い国道へともどりましたが途中吉野川の橋の上から見た夕日はとてもきれいでした。思わず立ち止まって眺めていました。さぁ後は家までもうひと頑張りです。アクシデントから辰巳親子さんと挨拶ができないままお別れしてしまったことが残念でした。(後日談:Jr君の自転車のトラブルだったそうで、私が気づかずに走っていったためでした) ...
  • 1999/02/28 葛城古道ポタリング
    2月最後に葛城古道をのんびりポタリングしようということになりました。今回同行いただいたのは 乾さん大鳥さん、UGさん、、cancanさんです。 今回のコース 當麻寺に集合葛城山麓線を早々に離れ葛城古道へ向かいます。途中山口にある牧場でアイスクリームを食べるというおまけが付きました。 山麓線を離れ車も少なく、柔らかな日差しにみんなのんびり走ります。。 山口の牧場(ラッテたかまつさん)で決して女の子がいたからよったわけではありませんよ。あくまでアイスクリームか牛乳がほしかったんですよ。ここのご主人、若い頃に自転車に乗っていたと見えて、我々に気づくと側へ寄ってきて自転車談義が始まりました。 のどかな山村を行く。 一言主神社をでてきたところです。 住吉神社から山麓線への登りです。 山麓線を離れ高鴨神社へ向かう道軽快に下りを楽しみます。 行きにより損ねた笛吹神社へ向かいます。朝は登りでしたが今度は下り? 笛吹神社には昔の大砲がありました。 これが大砲のアップです 春まだ遠い葛城古道でしたが、日差しのおかげでそれほど寒くなく、のんびり走れましたがポタと呼ぶには少し坂が多かったかもしれませんね。 ...
  • 1999/03/21 郡上八幡雪解けツアー
    朝 5時過ぎ、夜明けを待たず 家内の運転する車で橿原神宮駅まで向かいました。今日は早春と呼ぶには早すぎる郡上八幡へ向かいます。昨年の今日は ラク坊やインターネットで知り合った乾さんの友人と伊賀上野へ走っていました。 一年後の今日は もっと多くの方と走ることになりました。 5時50分 京都行きの急行に乗って出発です。 動き始めた電車の振動が眠気を誘い ふと気がつくと 京都が目の前でした。京都からは新幹線で名古屋へ向かいます。 愛車はデッキに置いていたのですが 米原から乗った親子の会話、 子供:「なんやこれぇ?」母親:「なんでも触らへんの」 やっぱり お荷物ですねぇ。名古屋からは ワイドビューヒダです。プライベートで在来線特急に乗るのは何年振りでしょう。 幸い 臨時列車のおかげで自由席もすいており 久しぶりの旅行気分です。移り行く車窓を眺めているうちに 列車は美濃太田へ到着しました。ここからは長良川鉄道です。 ホームに入ってきた車両は1両編成、後乗り前降りのワンマンでレールの上を走るバスというところでしょうか。社内に乗り込むと 年配と若い乗務員二人が何やら話していました。「・・・登録のある時は・・・」どうも自転車に関しての話のようです。私:「すいません。自転車の料金はいくらですか」年配:「今年から JRに合わせていらなくなくりました」実は近鉄もJRを見習ったのか 不要になったことを先日雑誌で知っていたのですが 関係する会社もあわせて無料になってきているようです。今回は自転車についてはすべて無料で済みそうです。やがてバスは、いや列車は美濃太田を出発、郡上八幡へと向かいます。線路は右に左にと振れながら進みます。時折 沿線に梅の木が白やピンク、赤といった色を見せてくれます。刃物の町 関や美濃紙の美濃を通りすぎて行きます。ふと 気づくと雨がぽつりぽつりと降り始めています。天気予報では夕方までは曇りだったのですが 多少 早まったようです。郡上八幡に近づくにつれ雨は強くなっています。 雨が降ると走るのを止めていたお天気サイクリストの私は雨具を持ってきておらず雨の中 何時間走れるかが気になっていました。 いっこうに雨は弱くなる気配を見せないままに 列車は郡上八幡へ到着しました。陸橋を渡るところで反対側のホームを見ると cancanさんが早速カメラをこちらに向けています。で こちらもハイポーズ!ホームを渡ると今日のナビゲータのやまだ@おやじさんを以外はすでに到着していました。とりあえず私も自転車の組み立て開始です。組み立て終わる頃 やまだ@おやじさんも見えられ さて この雨の中どうするかということになりました。ほとんどのメンバーが泊まりで明日も走るのですが 私は都合で日帰りの強行軍のため とりあえず市内を回り 食事の後 午後到着予定のせいのさんを迎えに駅まで戻るということになりました。そうそう 今回のメンバーで最年長の熟年元ツーリストのせともの氏は年代物のアルプスで見えられ 一同感激と懐かしさの入り混じる気持ちで鑑賞会になっていたことは忘れられないですね。 34年前というと私は小学校へ上がった頃ですからねぇ... そんなこんなのうちに雨の中 やまだ@おやじさんに引き連れられ出発です。最初に行ったのは正一佐野中稲荷大明神。かなり有名なお稲荷さんでガイドブックにも掲載されるそうです。この日も多くの人が来ていました。ここでもcancan氏の要望で私がモデルにされてしまいました。もしかすると私はこのために来たのでしょうか...この後 いがわ小径へと向かいました。ここは市内を流れる水路の脇の小道です。この日は掃除でしょうかおじさん達(って自分もおじさんですが)が仕事をしておられたようです。出口付近には大きな鯉が集められていましたがきっと夏場はこのあたりを泳いでいるのでしょうね。しばらく行った橋の上で やまだ@おやじさんの解説によると 夏には飛び込みをして遊ぶ橋があるそうですが 残念ながら今は架け替え中で行けない端を眺めました。コンテストもあるそうですが 私は遠慮することにします。(以前3m位から飛び込んだことがありますが やっぱり怖かったです(^_^;) 次は見逃すことの出来ないといわれる 宗祇水。石畳の道は乗りにくいので歩いていきます。社の下にはこんこんと涌き出る清水があり、上から飲料水や野菜を洗うなどの場所が決められており 昔の生活の知恵がうかがえました。一口飲んでみたのですが雪解けの冷たい水を期待したのですが思ったほど冷たくなかったです。  雨も次第に強くなってきており ここらで食事をすませることとなり再び走り始めました。お目当ての場所はうまい具合に円卓が空いており 食事しながら話をするには好都合でした。 冷えた体を温めるため あったかいうどんや蕎麦をそれぞれオーダーです。毎度のパターンで自己紹介など話は弾みます。 私は予想通りというか ウエアが雨に耐えられなくなってきており この先が不安でした。話も弾んで 時間は瞬く間にすぎ そろそろ 駅までせいのさんを迎えに行かなければなりません。 再び雨の中を走り出すとなんと霙に変わっているではありませんか! 寒いはずです。霙の中を走り出ししばらく行くと 突然 先行組がコンビニの前で止まります。 どうしたのかと思うと なんでも 今宵のお楽しみを仕入れるとのこと(^_^;)、この件はあまり言及しないでおきましょうね。ここで私もビニール製のレインコートを購入、今日をしのぐことにしたのですが なんと この後 5分もしないうちに 脇が破れてしまいました。運良く 駅の近くでホームセンターを発見、雨具と帽子を買いに走りました。この際贅沢は言っていられません。走るのに使えそうなものを購入。店先で着替えて駅へ戻りました。ううう、予定外の出費が痛い...しかしこれで雨も怖くなくなりましたので 午後は走る気いっぱいです。やまだ@おやじさんの奥様がせいのさんの自転車を駅まで搬送してくださりあとは せいのさんの到着を待つばかりです。なんでもせいのさんは現在では数少ない マスプロメーカのツーリング車に乗っておられるとのことで、中身が気になるところです。やがてホームには下り列車が到着したのですが車両には雪がついており北方面の天候がうかがえました。 せいのさん到着。挨拶をすませると 「今日 走るんですよねぇ」との声、「私今日だけなので少しでも走りましょう」と 無理やり走ることにしました。時間と天候を考え 予定のコースを変更、堀越峠から鍾乳洞へ行くことにしました。この頃 霙はすでに雪と変わっていました。市街を抜け 堀越峠に向かう道に入ると坂の大魔王 こたやんと自称坂馬鹿のやまだ@おやじさんは予想通り先頭を争いながら消えていきました。その後を追うようにナワ~ルドさんも消えていきました。回りの景色がだんだんと白くなっていきます。濡れた路面には次第にシャーベット状の雪が増えてきました。しばらくすると乾さんが せとものさんが帰られたことを伝えてくれました。久しぶりに走ったそうですが 雪の中 お疲れ様でした。我侭につき合わせてしまい、申し訳無かったです。 時折 通る車のしぶきを受けながら 道を登っていくとやがて峠に到着です。 天候も悪化、体調を考え鍾乳洞もパス、駅へ下りを楽しむ?ことにしました。シャーベット状の路面を注意しながら、顔にあたる雪の冷たさを耐えながら高度を下げていきます。  路面の雪も消えていき気がつくと長良川沿いの道に出てきました。後は川に沿って北上するだけです。駅につくと列車は出た後で 次は1時間ほどあります。 着替えたあと 自転車を解体です。冷えた手先はなかなか思うように動かず ちょっと手間取りましたが程なく終了。 あとは 時間まで自転車談義です。やがて 列車が到着、これに乗れば今日の予定は終わったようなものです。 みんなの明日の天候が回復することを願って列車に乗り込みます。動き始めた列車の曇った窓ガラスをこすりみんなにお別れでした。 遠ざかる駅を見ながら帰路についたのですが なんと 次の駅につく前に雪は雨に変わり あたりにもそのかけらは見当たらないではありませんか。まるで 雪の郡上八幡を見せてくれたかのような天候でした。考えようによれば めったに見れない雪景色を見れたのかもしれません。夕暮れの景色を見ながら、いつか また来ることを考えているうちに意識は夢の中へ消え、ちょっとハードな 日帰りツーリングはこうして幕を閉じていきました。 ...
  • 1999/09/02 奥多摩湖から松姫峠
    2000年9月2日 今日は会社のKH氏と二人で奥多摩湖の先の松姫峠を越えて大月まで走ります。 松姫峠は標高1250m、奥多摩湖は標高350m程度。区間距離は地図上では約29km。 はてさてどんな風になるのやら... まずはおなじみコース紹介です。今回は奥多摩駅まで輪行しそこから走ることにしました。最初は峠までのマップです。 松姫峠から大月までのマップです。実は地図がちょっと古く途中ダム工事の関係でバイパスができるなど実際のルートはかなり変わっていました。 立川駅 7時39分発奥多摩行きの電車に乗るため ホームでKH氏と待ち合わせ。7時30分頃 氏から確認のTEL。私はホーム後方にいたのですが 彼はホーム前方にいました。いや なによくある話で... 予定通り電車は出発。第1土曜日の為 社内には多くの学生が乗っており 制服の様子から3~4校の学生が乗っているようです。それ以外は会社に行くと思われる人の他 山や川へ行く人たちが結構乗り合わせていました。会社つとめの人や学生は青梅を過ぎるといなくなってしまい あとは行楽の人たちがほとんどとなってしまいます。御岳の駅でさらにおりていきました。 程なく電車は奥多摩駅へ到着。いよいよ始まりです。 改札を出て 人通りの少ない場所で組み立て開始です。途中KH氏がトラブルとあわてる一幕もありましたが 無事に組み立て完了。私はボトルに水の補給、彼はペットボトルのドリンクを探しに出ていきました。帰ってきて彼の見せたペットボトルは見事に凍らせてありました。やっぱりこういう要望が多いんでしょうね。 駅前で出発前の一こまです。予想以上の好天でこれからの苦労が予想されます。ともかく出発です。 ここから奥多摩湖までは距離と時間を稼ぐために車道とトンネルを通過しました。土曜日の9時過ぎなのでまだまだ車も少なく比較的走りやすかったです。途中のトンネルの中でレーサーに乗った人に抜かれたのですが、KH氏はバイクかと思ったそうです。(ちなみに彼は先週自転車を買ったばかりでこれが2度目のサイクリングでした) 調子よく登っていくと 程なく奥多摩湖に到着です。まずは恒例の記念写真です。ここで地図を見ながらこれからのコースを確認している間にも 年輩の団体が訪れてきました。さっさと写真を撮ったら出発です。 ここから深山橋までは湖岸にそって走るため、ほとんど登りが感じられません。ここで私は調子にのってバイクのあとを追っかけて走ったりと遊びが過ぎてしまいました。そのツケがあとでくるのも忘れて... 深山橋を過ぎて小菅村へ向かう途中で大きな失敗に気がつきました。奥多摩を出るときに昼食を買い込むことを忘れていたのです。 普段だと駅前でなにかしら買うのですが 水の買い出しですっかり忘れてしまいました。時間はまだ10時ですので食べるには早すぎます。かといって 峠の向こうまで持つわけもありません。急遽 コースを変更して 余沢から途中の原始村を経由して行くことにしました。案内板にもレストラン・食堂のたぐいがあるように書かれていましたので。 ところがこのルート、予想外にきつい登りで思いの外時間がかかってしまいました。ようやく峠と思われるところで休憩です。この写真で車の向こうは下り坂なんですがわかりますか?ここを登ってきました。実はここには少し離れたところに湧き水が出ていたのですが道路からですと崖となり届きません。KH氏が上からいけないか見に行ったのですが残念ながら無理でした。 この峠を下るとすぐに原始村に到着しました。 ここには縦穴式や横穴式のコテージがあり 一棟でで8人程度寝ることができ 12000円だそうです。そのためと思われますが ここの食堂にはシャワーも完備されていました。 ここで少し早めの昼食です。メニューは頑固なラーメン屋の様に「もりそば」「ざるそば」「天ぷらそば」「天ぷらそば」しかありませんでした。天ぷらそばは熱いのしかないと言うことで おすすめのざるそばに天ぷらを注文しました。天ぷらは土地のものが出てきました。旅館などであるような山の中でもエビ天でなかったのは嬉しいですね。 蕎麦も地元で採れた蕎麦粉を使っているとのことです。つなぎが少ない蕎麦らしく蕎麦の香りの高い蕎麦でした。なにしろ食べてる途中でそばがきを思い出してしまいましたからね。麺もまさに手打ちですと言わんばかりの麺で多少幅が違っていたりのばした生地の端っこがあったりと素朴なおいしさでした。(値段がもう少し安けりゃもう一枚食べたんですけどねぇ)壁には蕎麦畑に花が咲いた写真が飾ってありました。9月中頃に一面の花が咲くそうです。残念ながら今回は見ることができませんでしたが一度そのころに訪れて見たいものです。 食後は店のおばさんと田舎談義です。この辺は冬は結構寒くて雪も積もるそうですが最近は少なくなったとか、長年ここで暮らしているけど周りの景色がきれいなことに最近気がついたとかそんな話をしばらく続けていよいよ峠に向けて出発です。車もほとんど通らない道をひたすら進みます。 どうです? この雰囲気なかなかいいでしょう? この後、道を139号線に向かって行き、合流地点の売店で水分の補給と体を冷やすためにアイスを食べて休憩です。見上げると遙か上の方にガードレールが見えます。あそこまで登るのかと思うとため息が出そうです。この辺の標高が750mほどで峠まではあと500mも登らなくてはなりません。ビルの1フロアの高さが4mとしても125階分ですからねぇ。 黙々と走り続ける KH氏です。始めのうち彼はコースを把握していないこともあり 私の後ろを走っていたのですが 随分前から私の前を走っていました。体力と自転車の違いがこの辺からはっきりとしていました。(辛いなぁ)後から来る私を待つKH氏ですが 彼も結構疲れているようです。影の中で休憩していました。 この後は差が開くばかりで私も写真どころではありませんでした。途中 足がつりそうになりあわてたりしました。(だから最初に調子にのるなっていつも思っているですけどねぇ) 途中隣の鶴峠への道が見えたのですが 切り通して開いた様な道であちらを走るのは大変だろうなと思いました。(奈良周辺に詳しい人なら 女寄峠への道が似ていると思いますよ)木立の中に広がる青空や白い雲はまだまだ夏の景色の様ですが 高度を上げるにつれ風が冷たくなってきているのがわかります。なにしろ1000mあたりまで来ると気温は6度も下がるんですからね。休憩をとるたびに地図を眺めあとどれくらいだろうと話をするのですが 行けども行けども峠にはたどり着きません。 辛い登りの途中で ようやく待望の湧き水を発見です。早速顔や手を洗います。 残念ながら飲むには多少不安がありましたが 冷たい水はなによりのごちそうでした。 手前の水たまりに落ちないように岩を伝い落ちてくる水を手で受け、顔や手を洗う気持ちよさ、たまりませんねぇ。写真を撮るために2度も3度も行ってしまいました。よく見るとKH氏の背中が汗で濡れているのがわかりますよ。 辛い登りもようやく終わりです。奥多摩駅から28km、念願の峠に到着です。残念ながら展望は良くありませんでした。早速 おきまりの記念写真の撮影です。 ここからは大月までの下りです。地図を見る限りかなりヘアピンがあったりとなかなか楽しませてくれそうです。後から登ってきたバイクのグループが下って行ったのを見届けて出発です。スピードを味わいたい気持ちとせっかくの下りを長く楽しみたい気持ちが微妙に混じり複雑な気分です。まぁ 事故を起こさないように下りを楽しみましょう。 下り始めるとすぐにスピードは増し ブレーキをかける指を忙しく動かしてスピードコントロールです。最初のヘアピンを抜けてしばらく行くと眼下にこれから下って行く道が延びていく景色が目に入りました。 画面中央に道があるのがわかりますか?これからどんどん下っていくのがわかります。楽しみですねぇ。少し雲がかかりあまりいい景色ではありませんが南側の山並みです。 道は幾度とカーブを繰り返して行きます。スピードと見えないカーブの先への緊張感。これだから下りは止められません。もう 写真なんかそっちのけで下りを楽しんでいました。 楽しんでいる二人がわかりますか? 下っていくと途中でダム工事の関係で道が変わっており ループ状のトンネルを抜けるのですが、ここで後ろからの車を嫌ったKH氏が猛然とスパートし前方へ飛んでいきました。 道が下方に延びているので上から彼の姿をとらえることができました。おそらくこのあたりなら60km近いスピード出してと思います。 下で待っていた彼と合流して さらに下ります。 途中に2カ所細い隧道があったのですが どうやら工事の関係もあり上と下で確認を行っているようです。 これは2本目の隧道ですが入り口で警備の方が抜けるまで下で止めているから大丈夫だよと教えてくれました。確かに下で我々が来るのを待っていました。 下るに従い集落も大きくなってきます。振り返ると今下ってきた山を見渡すことができました。 ようやくこのコースも終わりです。大月の市街に近づくにつれ車は多くなり喧噪が戻ってきます。駅前で記念撮影です。駅前で無事に終了したことをビールで乾杯です。後は電車に乗れば終わりです。少しゆっくりしすぎたために 予定の電車に乗り遅れるハプニングもありましたが もうあわてる必要はないので二人ともいい加減なもんです。駅前で自転車を分解中にKH氏が「これ自転車の部品じゃないですか?」と 言うので見てみるとなんとヘッド小物を忘れているではありませんか! 錆の具合から夏休み中のツーリングだと思うんですが これを忘れた人はどうやってこの後走ったんだろうなんて考えてしまいました。 電車の中でKH氏はさらにビールを味わっていました。私はというとお腹がすいていたので電車の出発までの間に駅弁の釜飯を平らげてしまいました。ほろ酔い気分でお腹一杯のおじさんにすっかりなってしまいました。 電車はこの後 夕暮れの中を走り高尾についた頃にはすっかり暗くなっていました。電車を乗り換え立川で解散です。多くの人が行き交う中で自転車を組み立てる二人かと思いきや大学のクラブとおぼしきグループが組立を行っていたので我々は隅の方に追いやられてしまいました。組立も完了し それぞれ自宅へと走り始めました。 ...